八味姉妹の部屋

文芸ユニット。只今、エッセイの勉強中です。

「学祭」 蒼月光 著

幾数年ぶりに母校の学校祭に行った。
卒業してから数回はお世話になった先生方に挨拶したり、合唱部や文芸同好会の後輩の様子見を楽しみに行っていた。だが、ここ数年はとんと足が遠のいていた。日常の忙しさに振り替える余裕が無かったせいかもしれないし、振り返る必要が無い時だったのかもしれない。

 

ただ、今年は、学生時代以来の友人でもある相方御理伊武と文学フリマを経験。文芸同好会の顧問との再会し、過去の思い出を振り返ることが多かったから、自然とそうなったとしか言いようがない。色々な流れが、母校に呼ばれている機運を感じさせるには十分だった。

 

「いってきます」と家に声をかけて、当時の通学路と同じ道を辿る。

あいにく雨が降りそうなほどの曇天。
徒歩の後にJRに乗る。ちょっと遠くに連なるそんなに高くもない山と目先に広がる住宅街と…当時と何処か変わったような変わらないような車窓を眺めて。

カタンカタンカタンと規則正しく揺れる音すら懐かしく感じて。
立派で見違えるほど綺麗に改装された駅で下車して、待ち合わせた御理伊武と合流する。

 

母校は立地が特殊なので、卒業してから何度か訪れてはいるが、決して徒歩で行くことはなく、毎回タクシーで誰かと乗り合わせては向かうことになっている。

悪路の為にどうしても荒くなってしまう運転のタクシーから降りて、古式ゆかしいお社にあるのに似た、校舎へと続く驚異の階段を見上げて、息を吐いてから一段一段踏みしめて校舎玄関に辿り着く。

 

校舎の玄関へ続く外装はメンテナンスが届いているのか記憶と全く違わない。カラカラとガラスの引き戸を引いたら、校舎内から向かい風が吹いて髪を撫でた

社会に出てからは忘れていたカロリーの高い空気を伴った風。

かつて使っていた靴箱の間を通って、来客用のスリッパに履き替える。

校名の入った冷たく茶色いスリッパは、ほんの少し歩きにくかった。

 

知らない傷が増えた壁や床に時間の経過を感じながら廊下を進む。

プログラムを確認しながら、合唱部の後輩達の雄姿を見聞するためにイベントステージと化した体育館を目指していた。狭い廊下には一般客と在校生が賑やかに所狭しと動き回っている。過去の私達もそうだった。文化系の部活を掛け持ちしていた私達は自分のクラスの催事もそこそこに、校内を学校祭プログラムを何度も確認しながら走り回る1日だった。

 

熱気が籠もる体育館に入り、綺麗に並べられたパイプ椅子の最前列を陣取り、ちょうど合唱部の演目準備をしていた様子を見ていた。

合唱部に所属している生徒たちの雰囲気が当時の自分達とダブって視えた。

あの時の仲間と同じがみえて、御理伊武と顔を見合わせて思い出し笑いをした。

私達の知らない後輩達もきっと連綿とこの色を繋ぎ続けて来ていたのだろうというのは想像に難くなかった。

 

発表が始まって、今日来られなかった友人達にみせるために、ずっとスマホ動画を撮影しながら視聴した。体育館に少数精鋭で素晴らしい声を愉し気に響かせて。現在の合唱で選ばれる曲が昔とかなり変わっていることを教えて貰いつつ、当時の自分たちが行ったステージを思い出していた。


通常、合唱部というと直立しながら歌うだけというスタンスが正式で歌いやすいのだが、私達は「愉しくなければ音楽じゃない」という考えに支配されていたのか、そこにダンスを取り入れた。

映画の中の劇中歌をピックアップして、DVDをレンタルしてきて何度も見てはダンスを身につけたり、楽譜をなんとか手に入れたり。当時は此処までインターネットが発達していなかったので、色々な資料を取り寄せるのにとても苦労したのを覚えている。

更に部員が余り多くはなかったから、急遽友人・知人もかき集めて、即席でそれなりの人数で毎日毎日練習に明け暮れた。何故、合唱部なのに、こんなに汗まみれになるのか、あまり考えないままに。

同時に文芸同好会の活動も兼ねていた数人は家に帰っては原稿を書いたり、時間をみては製本作業をしたり。あの時期ばかりは学校祭だけに時間が費やされていた。

きっと苦しいこともあったはずなのに、今はもう忘却の彼方にいったきり戻ってこない。

学校祭期間の自由な空気は格別だった。

髪の長さや色やスカート丈が決められた、ただの生徒の姿でしかなかった自分たちが「表現者」となって、モノヅクリに励む時間は教科書では学び得ない貴重な時間だった。

ただただ、愉しかった。

撮った写真がみんな笑顔しかないのも確たる証拠である。

 

音符に溶けた言葉が流れる唇が閉じ、披露された5曲全てをほぼ直立のまま歌い終えて。元気に弾ける在校生達の拍手と、柔らかく包むような一般観覧者の拍手が、現在の合唱部の彼らだけを包んで、私の白昼夢は覚めた。良かったねと呟くように言った、隣で身動きせずに聴いていた御理伊武はショートボブの昔の彼女に視えた。

 

それから校内をグルリと巡り、私達の頃にはなかった合唱部の部室を見つけて、ドアに付いた窓から過去の賞状や盾が並んでいるのを見た。あの中には私達が貰ったものも有ったろうか。

鍵がかかっていたドア。

誰にも言わずにそのままに、また廊下を歩いた。

文芸同好会も同時に探したけれど活動している様子もなく、ちょっと肩を落として玄関に向かった。

 

 帰り際、校舎を見上げると、昔の私が顔を出していた4階の同じ窓から、一人の女の子が遠く広がる景色をみていた姿がみえた。

あの瞳には自分が綺麗な青色に染まっていることがみえているのかなと、ちょっと思ってから、二人、学校を後にした。

 

自分の机と椅子がない今だから分かること。

今の自分の原点が此処にあること。

 

気付けば雨雲の切れ間が広がって碧色が見え始めたような空だった。

私は持っていた傘をくるりとひと回しして、ちょっと口元で笑った。

 

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