八味姉妹の部屋

文芸ユニット。只今、エッセイの勉強中です。

「インスタントラーメン」御理伊武 著

 私は小学校の3年生の時に自然研究クラブに入っていた。

 この会は、町内会の健脚なボランティアが開催しているクラブで、山の草花を観察しながら山登りを楽しみましょうというふれこみだった。近所の体力有り余る男子の友達だった私は、引きずれられるように自然研究クラブに加入させられた。

 元々、体が辛いことは全くしたくない女子である。一ヶ月に一回、近郊の山に登りにいくらしい。頼りになる男友達は説明会の時点で同じ小学校の他の男子と仲良くなり、私はほって置かれっぱなしだった。女子より、男子より、やる気のある大人がたくさんいる中、ノーと言えない私は二週間後に迫った、初回の登山の詳細が書かれたプリントを家に持ち帰った。

 さっそくイトーヨーカドーに行ったが、書かれていた物がない。その後、父と自転車で石黒ホーマまで行った。固形燃料と、アルミ製の片手鍋を手にするためである。後は、袋入りのラーメン一丁。

 

 山で、自然観察をして、道中で袋入りラーメンを固形燃料でお湯を沸かし作って食べるという会は、小学生向きというよりは、大人の楽しい山歩きに付き合う子供達という感じだった。

 私がインスタントラーメンに思いを馳せるときに浮かぶ画像は、登り終えた山の山頂ではなく、中腹の空き地で食べたアルミ鍋のラーメンだ。

 食パン一枚分位の大きさの缶に入った水色の固形燃料に火を付けると、丸い缶の蓋の出口の大きさに合わせて炎が上がる。その上に水の入った鍋を乗せる。缶の開けた先は、開け口が台座になり上に鍋などが置ける形状になる。鍋の中の水がコポコポ言い始めたら、メンもスープも同時に投入する。

 教えてくれた人が大雑把だったのだろう。袋の裏の説明では麺をゆでて最後にスープを投入するのが正しいが、味の違いは正直分からない。沸騰の爆発を合図に鍋を一度、固形燃料から離す。火加減ができないので、一瞬間を置いて、もう一度火にかけて沸点まで沸いたらできあがりである。

 味見などもちろんしない。

 固形燃料は、指導してくれた先生によって蓋をする、地面にそのままひっくり返す等、オリジナリティーがあった。

 もちろん、鍋から直接皆、食べたのだろう。私はインスタントラーメンを作った記憶は残っている。岩場や、なんでこんな場所で、という固形燃料とラーメンの旅に翻弄されていた。でも、私は食べた記憶がない。何味を好んでいて持って行ったのかは、すっかり忘れてしまった。無意識のうちに食べていたのか。残ったスープをどうしていたのか、固形燃料と鍋と薄く白いラーメンの記憶はあるのに出てこないのだ。

 

2018年9月6日

 地震により、オール電化のマンションは、火も使えず明かりも点かなかった。水道はきていたが、電気のポンプで動いていた下水はそのうち使えなくなると分かっていた。

非常事態に何も用意していなかった私は、学校が急遽休みになりいつもよりも生き生きとしている子供達と、陽のあるうちにコンビニの列に並び何時間も待った。買ったのは残っていたインスタントラーメンとジュース。薄暗い店内に残ったお菓子もあるのに、黙って付いてきた子供達は何もねだらない。子供にとっても非常事態なのだと感じた。

 スマホの充電器も、懐中電灯も、カセットコンロも、備えは何もなかった。ロウソクがあったと、思い出して、アロマキャンドルをダイニングテーブルに置く。明るくゆらめく炎の雰囲気が、なかなか良い。こぢんまりとしたフレンチレストランの雰囲気さえ醸し出している。

 インスタントラーメンといえば固形燃料の私は、チーズフォンデュ用の小さな固形燃料を台にセットして水を沸かそうとしてみる。

 チーズは溶かせても、大量のお湯を沸かすほどの火力はない。

 夕方の6時を過ぎ、太陽の光だけが頼りの原始時代みたいな空の下で。インスタントラーメンを作る。台を外して鍋に火を近づけても、お湯は小さく水泡を作るだけ。

 街の中心部で、一部光が戻ってきている。

 しかし、電力を最小にしてしまったスマホは、情報を得たくても、緊急の電話があった時のために、開くことはできない。

 充分に沸騰しなかったが、ぬるいラーメンを子供達は食べた。震災の停電と小さな固形燃料で作ったぬるいラーメンの記憶。せめて、オール電化運命共同体のマンションの住民と駐車場でキャンプファイヤーで豪快に火を炊いて、燃え上がる炎とともに、一丁上がり!と言っておけば全く別の記憶だったのに。

 

 私は子供時代にインスタントラーメンを食べ過ぎたからか、最近までインスタントラーメンを口にしていなかった。理由は、不健康だし、栄養ないじゃんである。今も、栄養はないと思うのだ。でも、疲れ切ったおばさんの私はそこに朝や昨日の夕食の煮物やお味噌汁の残り野菜を入れて、遅い昼ご飯に、ずずーっと啜る。味をあまり気にしないのが私の駄目な部分だと思う。

 ラーメンのにおいに、子供達が食べたいと言い、小さなパンダや犬のかまぼこが入ったインスタントラーメンにお湯を注ぐ。

 インスタントラーメンが出来た頃に、出来たよと呼ぶと、一口二口啜り、また遊びへ向かう。それで良いと思う。その雰囲気を味わえば。

 

 ホーマック(昔の石黒ホーマ)に行くと固形燃料の缶のことを思い出す。キャンプ用品コーナーでそのような缶を見つけるが、近づかないようにしている。しかし、いつか、子供が火を扱えるようになったら、私はいつしかの大人のように、禁断の缶の蓋を開けてしまいそうなのだ。

 

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ブラックアウトの夜(蒼月宅の場合)