八味姉妹の部屋

文芸ユニット。只今、エッセイの勉強中です。

「料理」高柳 龍 著

ひねくれ者のバラード                                                 

 

 初夏の散策に鳥の声を楽しむ。鶯、郭公、鶫、等々、姿見せずに空間に響き渡らせる声色に釘付けになる(種々の声が混じるが不案内の為、美声の主をこれ以上挙げられぬ。残念)。

 

 ある日ふと思った。彼等の美声は快楽の為に歌う人間のそれとは目的を異にする、だからこその大音量であったかと(種々の語弊もあろうが瑣事には目を瞑って頂きたい。私は専門家ならぬ故)。

実は春に職を辞し自適を楽しむ生活を送ってきたが、不思議なことに声が掠れ始めた。普段使わなくなった為と糾明した。と言ってどうしたものか……などと考えていた故の気付きだったか。

好機と見てすかさず近くに誰もいないのを確かめ「学生時代」を歌った。次第に声高にしながら鶯の音量と測り比べたのである(比較には「矢切の渡し」の方がと思ったが、如何せん、歌詞が浮かばず)。結果は日を見るより明らかで私の敗北。しかし、己が枯れて来たことより小鳥が想像以上に大声で泣いている事実に瞠目した。野生の逞しさに感じ入ったのである。

 

 また別の散歩日のこと。我が進む道を黄鶺鴒がぴょんぴょんと跳び歩く。細身の胸から腹にかけての黄の鮮やかさ、長い尾羽を上下に振る姿形に暫し注目。と、餌を見つけたのだろう、嘴でツンと抓んだ。見れば芋虫が蛇を真似るようにくねっていた。普段ならそれで観察終了だった、食物連鎖の掟通りだったのだから。

ところがその日は思考が継続した。舗装路面を芋虫が歩くのはあまりに無謀、捕食者にとって恰好の馳走以外の何ものでもなかった。だが、人をからかうように低空を飛翔する姿美しき小鳥がなにゆえ芋虫などを食するなんて。木の実を啄む私のイメージを見事に壊してくれた。相手が毒を持っていようが、黴菌が付着していようが構わない。こうして貴婦人は腹に満足を与えるのである。

家の中で大切に飼われている猫だって、普段食すキャットフードしか食べないのではなかろう。気儘に外に出れば何こそ不潔なものだって口にするのだ。それが自然なのだ。可愛いらしい燕の雛の食餌風景をTVで観たが、観ようによって何と残酷な光景であったろうか。一度そんなふうに眺め出せばもはやライオン家族の食餌風景を心静かに眺められはしない。

 これが野生というものである。人間ばかりが足から手を独立させ脳を肥大化するに成功した為、これを喪失した。野生の掟からの脱却は想像を逞しくして文化文明を築いたが、野生本能の喪失はいつかとんでもない事態に陥るのではなかろうか。そう勝手に危惧しながらも元に戻る道が用意されていないことだけは自明であった。

 

  ともあれ、現代人は野生を失って華やかな文化に生きている。恐竜時代が去った後、取って代わった人類の時代もやがて次代に譲るのが宿命なれば、今の繁栄のうちに幸福を噛みしめていれば良いのかも知れない。躰に悪そうなものはなるべく喰わぬがいいし、比較して旨くないものは敢えて食べる要もない。生ものがえてして腐敗し躰を壊すものなら加熱すればいいのだ。ゲテモノに手を出す必要などありはすまい。昆虫食もいずれ受け入れねばならぬと声高に叫ばれても、自分の生きてるうちが大丈夫なら、必須になった時に生きている人間が我慢すればいいのである。

 

 やたら無臭剤や抗菌剤を吹き付ける清潔な時代を現代人は築いた。自動洗浄トイレでなければ用を足せぬ人もいるし、家の中に蠅や蚊の一匹ですら存在を許さぬ潔癖症の人もいる。香水なのか制汗剤なのか、はたまた日焼け止めや脱臭スプレーの香りを身に纏い、「生物」である筈の自分の本当の匂いが分からなくなった者の何と多いことか。30代で一旦染めた髪は元々何色であったか分からぬ人も、諸所に整形を施した挙げ句結婚し、生まれた子を見て一体誰の子か不審に思う人もいるのじゃないか。

 

 お洒落で上品な人は食べるものが違う。極端な話、加工した挙げ句に元の素材を判明させられぬご馳走も多いのではないか。焼く、似る、蒸す、茹でるなどの料理法を駆使し、素材を美しいものに変えて摂るのが人間様なのだ。辛うじて生を味わう寿司や野菜、果物もないわけはないが、それとても炙りサーモンの方が旨い。数種類の香辛料を混ぜ合わすだけでいっそう美味しくなる、果物とてもスムージーにした方がお洒落と言ったりする。

 

 他の生き物とは異なる贅沢、清潔、上品さ、優雅さを纏った人類よ、万歳! 今の時代を旺盛に奢り楽しめ。次代は昆虫の世界と言われるから、乗っ取られる前に威儀を正して昆虫食に取り組み、人類の時代を幾分なりとも延命させられれば御の字なのだろう。 

 

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