八味姉妹の部屋

文芸ユニット。只今、エッセイの勉強中です。

「インスタントラーメン」蒼月 光 著

我が家の定番「マルちゃんの袋めん塩味」は家に食料が何もない時の救世主なので、無くなる前に買い足す生活必需品の一つだ。子どもの頃からお昼や、余りお腹がすいていない時の御夕飯にと、我が家における活躍の場はとても広い。

 

カップ麺より罪深さを感じさせない、くどさが無いのが良い。

鍋で作るのが料理をしてます感が出て、良い。

野菜やハム等が冷蔵庫にあれば、炒めて乗せるだけで贅沢な気分になれるのが、良い。

何もなければ、卵をポトンと落として、じわじわっと白身が固まって煮えていく様を見るのが、良い。

食べ物に煩い私の父もこのマルちゃん塩味だけはずーっと飽きずに食べている。

そんな父は元ラーメン屋でチーフとして何十年と働いていたのだが。

美味しいよね、とシンプルだけど重要な感想を言って、湯気立つどんぶりを顔に近付けてずるずるっと食べている。

 

お気に入りのエプロンをして母と共に父の店の手伝いをしていたことがあるから、細かいことは分からないまでも、大体の仕事の流れは覚えている。

仕込みの材料そのものにまず驚く。

スープの出汁に使うものが、まず一般家庭では出会えないものが多い。

豚骨はまだ良かった。

初めて物凄い大量の鶏の足のボイルされたもの(通称もみじ)に出会い、蛇口から噴き出す新鮮な水で丁寧に一本一本、ぶよぶよんとする触感に耐えながら洗い…人の罪深さと生かされていることにまで想い至ったのは大げさであろうか。


長ネギや玉ねぎや生姜等の大量の野菜と下ごしらえした豚骨やもみじを入れた寸胴に水を入れてスープを作る。

かき混ぜるだけでもかなりの腕力を使うし、ましてもはや私の腕力では持ち上がるようなシロモノでもない。

父の扱っていたスープは余りこってりとしていないのもあって、臭気はそれほど酷くはなかったが、寸胴から沸き立つ熱気が凄かった。

よくラーメン屋さんの特徴としてタオルを巻いているが、滴る汗を止めるには最適な姿なのだ。

 

 

空だった寸胴に次のスープを仕込んでる最中も、お客さんは来る。

へぃらっしゃい!

父と母はキッチンの中から、私は外から威勢よく声をかけてお水の入ったグラスを出しながら注文を聞く。すぐに父は麺を湯で始め、母は器やトッピングの用意をする。

 

私が手伝ったお店は観光地真っただ中だったので、実に様々な層のお客様と出会えて、それだけでも面白かった。

新聞持って苦虫面してやってくるおじさん。

社員証を首から下げて、愉しげに話をしながら暖簾を潜る何処かの社員達。

一人旅なのか、密やかにやってきてラーメンの写真を撮ったりしてる女性。
メニューを指さしながらカタコトの日本語で注文してくれる外国の方。


小さな子供を連れた家族連れには子供用の器をお届けして。

高齢な方がいたら、ちょっと背丈のあるカウンターよりもテーブル席をご案内して。

修学旅行生が一気に押し寄せてきた時は、本当に大変だったけれど、引率の先生に恐縮されたり、JKに可愛いと言われたから許すことにして。

 

でもやっぱり、職場の同僚や友人が来てくれて「美味しい」と言いながら夢中で食べてくれた時は、ちょっと誇らしく何よりも嬉しかった…私はちょっとネギを乗せたりしただけだけれど。

 

そんなお客様のお相手の間にも、ガスコンロの奥の口で新しく仕込まれているスープは煮込まれ続けている。

これから来てくれるはずのお客様の為に。

 

鍋にどんぶり一杯分の水を入れて、カチンとガスのスイッチを付ける。

ゴボボボボと沸騰してきたら袋から麺を取り出し、キッチンスケールで3分。

生卵を半熟になるように途中でぽちょんと入れる。

本当はどんぶりにスープの粉を入れると書いてあるけれど、私は鍋に入れてちょっとかき混ぜてから、全てをどんぶりに移す。

煮ている間に切っていたネギや叉焼を入れて、いただきます、と手を合わせる。

麺が口に入るまで、たった4.5分の出来事。

 

まさに全国各地数多いるラーメン屋と携わる人数多のインスタントラーメンの世界。

店頭まで足を運んでまで食べに来てくださるお客様のために、スープを煮込む臭気や熱気を乗り越えながら、頭と舌をひねりひねり至高の味を求める職人さんがいて。

 

かたや、如何に気軽に、お湯さえあれば過酷なアウトドアな場面や、時には限られた水しかない避難所でも安全で美味しく食べられるものを研究し開発する人がいて。

 

過程は違えど、誰かの為の食を想って全身全霊で動く人たちがいる。

 

子供の頃、よく両親や親戚が「お腹すいてないか」「ほらこれ食べてごらん」と何かあるごとに聞いてきたのを思い出す。

 

人が生きる為の源の1つは、食だ。

 

血糖値が下がって体が動かなくなる最終段階の話もあるが、お弁当や給食や食堂のメニューや、疲れ切った体を迎えてくれる家族が作った御飯…多くの人にとっての毎日生きてくまさに糧でもあるだろう。

 

「すぐ美味しい、すごく美味しい」

子どもの頃からTVで流れているCMのキャッチコピーは、きっと皆が一度は願うことの1つに違いない。「いただきます」「めしあがれ」の笑顔は当たり前のことじゃないことをフワフワンとどんぶりから立ち上る湯気に顔を染めながら思いつつ食べるのも、また、きっと美味しいに違いない。

 

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セコマの山わさび塩ラーメンも癖になる辛さで美味しいよ