八味姉妹の部屋

文芸ユニット。只今、エッセイの勉強中です。

「旅」蒼月 光 著

スーツケースに荷物を詰めている。

何を。本を。

今回の文学フリマ札幌で商品となる、文字通りのの結晶の「本」を。

 

紙とは重いものだと思い知らされているところである。
それとも紙に打ち込まれた文字に使ったインクが重たいのだろうか。
テレビ塔2階まで運ぶことを考えると脆弱な筋肉と何度か話し合う必要がありそうだ。
やれやれとため息をつく、真夜中。スーツケースの隣で。

学生時代以来の友人とお揃いで購入したこのブラウンチェックのスーツケースは、本当によく働いてくれて、気付けば旅行に行く時の相方となっている。
いまよりまだ若い時分、とあるバンドにハマってLIVE遠征旅行によく行った。東京・神奈川・千葉・岩手・大阪・山梨…何県にも渡って旅をしてきた。

遠征旅行の目的は、勿論LIVEなのだが。私の場合は観光もしっかり愉しみたいと思ってしまうタチなものだから、行程表をしっかり作るところから始まる。

旅行先の観光サイトや雑誌を手あたり次第調べながら、同行者の意見も聞きつつ行き先を決めて、交通手段を調べて…。まさに一人旅行代理店である。


しかしながら、これがまた楽しい。
LIVE会場を中心に考えて宿泊地を決めて。後は何処に行きたいか、其処に行くにはどの交通手段を使えば安いか早いか、それは何時何分に何処の駅発着なのか。効率的な手段をみつけた時の自己満足感たるや、なかなか味わえないペカペカした感情がわいて癖になってしまうのである。時に「全ての道はローマに通ず」という言葉が疎ましくなることが無きにしも非ずではあるが。

岩手県に行った時にLIVE会場が在るのは盛岡市だった。にもかかわらず当時、学生時代に専攻していた宮沢賢治氏と趣味で民俗学にかぶれていた私は、同行者に手を合わせて花巻市遠野市にまで足を延ばした。
花巻市宮沢賢治氏ゆかりの喫茶店ミュージアムで彼の世界に浸った。遠野市では曲がり屋、オシラサマ、カッパ淵…民話の世界が現実に広がっていた。北海道とはまた違った青い空、水の張った緑の田んぼに両手と視線を伸ばし、突然現れるパチンコ屋に笑って。

 

天気が良かったのも有って、風土の居心地良さに徒歩移動していたら、扉を開けたまま走っていた普通のバスからのんびりした運転手さんの声。「乗っていったら良いべさ」と地元の乗客も乗っているバスを止めて、戸惑うばかりの私達を乗せてくれたのは良い思い出。さすがに札幌では…というか今ではないことかな。

山梨県富士急ハイランドが目的地。この道程が本当に大変だった。
交通ルートを考える時点から嫌な予感はしていたのだけれど。本当に神経をすり減らしたのは、実際に羽田空港を降りた後から。田舎者には迷宮のような新宿駅と乗り換え列車の多さに、同行者4人で汗びっしょりヒィヒィ言いながら何とかたどり着けたときの安心感と達成感は某水曜日の番組を彷彿とさせたほど。

 

ご褒美の河口湖ごしの富士山の景観を…と思ったら、あいにくの曇天で、姿がマルっと隠れてしまっていたというオチも大して気にならず。いや、現在、機械のチカラで行ける範囲で富士山に登ってみたいと思ってしまっているから、多少の擦り傷を心に負っているのかもしれない。それでも密かに私の人生の中でも屈指の旅だと確信している。


千葉県は母の実家が有るので今はもう記憶を無くしてしまった赤ちゃんの頃から飛行機に乗って渡ること幾度の第2の故郷。それでも友人と行くと全く別の場所に思える(実際、千葉県内でも目的は違う市なので正確には違う場所なのだが)のは不思議だ。
目的の木更津市はバンドメンバーの所縁の場所で、「木更津キャッツアイ」というドラマで有名な中の島大橋をゴールにしてぶらりぶらり歩く。


すれ違う地元の人が一人もいないようなシャッター街

住宅地の中に突然現れる、狸の童謡で有名な證誠寺

外国の大きな黒い船が息を殺すように何基も停泊するような港。
潮干狩り会場を見上げると架かっている、鳥居のように赤く染まっている中の島大橋。

 

この赤い橋ビョォウビョォウと全身に受けた物凄く強い潮風。私の内外問わずの塵芥を吹っ飛ばしてくれる自然のチカラは、清々しいほどの気持ち良さと、恐れを同時に分からせてくれた。たまたま行った日の天候や自分の心持ちが非日常感に浮ついていたせいと云えばそれまでだけれど、幽世に放り込まれた眩暈を感じていた。

 

旅という非日常の世界に飛び込むと、日常の世界では透明になりがちなことがに染まってみえることがある。自分の知らない事、自分の歩くことのできる距離、自分と同行者との間の温度…。本当は日常でみえていなきゃいけないことが、実体験を通してみえて分かるようになる。こればかりは机上の勉強ではできない生涯学習といえそうだ。

 

そうだ旅に行こう。

大げさに飛行機や列車や船に乗る距離じゃなくてもいい。

いつか日常の中で切符を出すことができるようになるために。

 

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中の島大橋