八味姉妹の部屋

文芸ユニット。只今、エッセイの勉強中です。

「カメラ」御理伊武著

1990年代に学生時代を過ごした私たちのカメラといえば、使い捨てカメラが主流だった。カメラ自体が高級品だったので、千円程で24枚撮れるフィルムが内蔵されている使い捨てカメラは学生のお小遣いでも気軽に購入することが出来た。ピント合わせが不要でシャッターを押すだけという扱いやすさも良い。撮り終えたカメラはそのまま写真屋さんに持っていけば、現像されフィルムと写真にプリントされて返ってきた。

 

 その使い捨てカメラで、私は青春を写した

 その殆どがきらめく笑顔の青春そのもの

 

修学旅行や学祭、部活の発表会、友達との旅行、めくりめくる思い出が小さなカメラの中に収まり、興奮が収まった頃に写真として手元に残る。全て過ぎた今は思い出を辿るための手段としてファイルに収まっている。たまに見返しては過去の自分に浸る。

 

私は自分が写るよりも、撮る方が好きだった。

自分を好きではないというのもあったが。それよりも、私は、好きな人を撮影したかった。大好きな友達も、そして、そのときに好きだった彼という人も。使い捨てカメラの24枚の何枚でも。自分は写っていなくてもいい。自分の記憶が不安な私は、なぜか人の名字を時々忘れてしまう。四文字程度の文字すらも、記憶の端にあり、上手く引き出せない。そしていつしかぼやけて忘れてしまうその顔を覚えていたかった。

 

夕方近く、デートに出かけた広い空の下で、好きな人は快く応じてくれて、「はい、チーズ」の後に笑顔を作ってくれる。その時、その人は私を好きだったのだろうか。分からないまま現像されて、JRの定期券の裏にしまう。そんな写真を宝物にしてしまうのだから、恋は盲目だ。数十年たって、実家でネガを見つけた。高校時代の記録とごっちゃになったネガだ。

 

私にとっては重要なのか、大切だけれど、私の記憶にだけ必要であって、あとは誰にとってもゴミだろうと思いつつも、処分しないまま、実家の段ボールの蓋を閉めて帰ってきた。

 

同じ瞳で私は四角いファインダーを覗く。そこには大好きな仲間がいる。同じ時間を共に過ごし、学校生活では心を許しあった仲間だから、皆でふざけて写真を撮った。そして部活の帰り道、貴重な一枚のフィルムをあまりにも美しい空の色に惹かれ、シャッターを押した時もあった。

大学時代は、今しか過ごせない大切な仲間がいたことを少しだけ、背伸びしていた私は皆に残すために写真を撮ったこともあった。

 

夫の専用の、旅行に行ったときのご当地キーホルダーや、友達の結婚式のパンフなど、処分しきれないものが入った引き出しに、現像されないまま残された使い捨てカメラの本体がある。フィルムを使い切ったカメラは20年以上前のものだ。

夫のものだから、そのまま引き出しにしまってある。現像に出せば1時間もかからずに写真にプリントされて、見ることができるだろう。

でも、未だに引き出しの中にそっと仕舞われている

 

セピア色のフィルムで写る昔の私の記憶。

24インチの愛用の自転車に乗り、ドキドキしながら、写真店にカメラを持って行く。仕上がりは、明日ですよと言われ、出来上がる時刻に現像して受け取るまでどんな顔で写っているだろう、ちゃんと写っているかな、とわくわくしながら過ごした。昔は一枚のフィルムをどこで使おうかと、一枚一枚が貴重で、大切にシャッターを押した。そして、現像に出して、写真店で受け取った帰り道、家に帰ってから見ればよいのに、我慢できず、その場で封を開けて、一人でにやにやしながら眺めた。

 

美味しそうに出来上がった料理の前で写真をとる。

一日の自分の一瞬の記録として。

特別な場所に行かなくても、散らかった家のリビングでもシャッターを切る。

幸せな記憶として写真は残る。

 

今はスマホで写真を撮る。いつの間にかデジタルカメラの要素をもったスマホは、使い捨てカメラの代わりになり、私は普段の生活をフィルムの枚数を気にせずに切り取る。

撮った写真は、すぐに同じスマホで見ることが出来る。多少ぶれていても、失敗しても、枚数に限りはないからそのまま残して置く。

 

少し休憩と、横たわった時に、心を癒すのは自分の記憶を引き出してくれる写真の記憶だと思う。テレビやネットニュースや小説は他人事だ。

 

写真のフォルダーを開く。

そこには、幸せな光景とそのファインダーの向こうにいる、幸せな私の姿が、ぼんやりと瞳に映る。

現像されない写真は、クラウドという宙に浮かぶ

スマホの中の写真のデータはいつか、消えてしまう。

瞼を閉じた私は、現像しないまま宙に残る写真を、消える前にだれかが追ってくれるのだろうかと考える。

 

いつか、皆が忘れる頃になって

確かにその瞬間を写した事実だけを残して

多くの大切な記憶は、空の大きな雲の中に吸い込まれて、消えて行く

 

朝早く私は同じ瞳でファインダーを覗く。

その先に写るものは、明け方の東の燃える陽の色だ。

夜のうちに、ずいぶん、電源が減ってしまったと、

私は白い線をコンセントへとつなぐ。

 

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