八味姉妹の部屋

文芸ユニット。只今、エッセイの勉強中です。

「夏服」御理伊武 著

 何度か目覚まし時計のけたたましい音を夢の中か起きる気力のない現実かで、やり過ごした私は、最後のアラームを止める。十分間に合う時間に最終アラームは設定されているが、それでも急がなくてはいけない。

昨日洗って干したままの白い制服はまだ湿っているように感じる。セーラ服の黒い襟とブラウスは洗濯の度に取り外して洗う。襟についたボタンを一つ一つ抜かさずにくっつけては閉じるのには朝から余計な集中力が必要だ。

昨日洗った夏の制服のスカートも物干し竿から下ろす。洗う度に黒いスカートのひだが伸びていないか心配になってしまう。脚の形が透けるほどにスカートの布地は薄いから中に白いペチコートを着る。指が滑るポリエステルの布地は綿に慣れた体には大人っぽく思う。皆は着ていたのか分からないが、使わなくなった母のお古をもらって着ていた。

私は台所へ、朝の準備とお弁当を作るためにまだ乾ききらない格好のまま向かう。自分のお弁当箱は、札幌駅前の五番館で長い時間、吟味してようやく選んだウサギの上品な漆塗り風の二段重ねのお弁当箱だ。炊き上がったばかりの白飯をぎゅーっと押し込んで入れて、鰹のふりかけを掛けて下の段は終了、あとは上の段にオレンジの包装で包まれた魚肉ソーセージを一応斜めに切って入れて、レンジでチンした唐揚げやコロッケを入れて終了。ボリュームたっぷりなのに、放課後の部活の時間まで持たずお腹が空いてしまう。お弁当のおかずのついでに魚肉ソーセージを醤油で炒めて白いご飯を二膳。朝ご飯を食べたら、鞄を持って自転車に乗る。まだ7時半前なのに日差しはじりじりと暑い。生乾きの制服はそのうち乾くと汗ばみ始めた背中でぐんぐんとペダルをこぐ。

 

 朝、日光の入り加減で、早朝か、朝か、昼間近なのか想像はつくが。東と南が隣家の壁の小さな我が家では、時計と携帯とテレビに時間を教えてもらうしかない。

 すぐそこが隣の家の壁だ。分かってはいるが、カーテンと窓を開けて、外気を入れる。

 一応エアコンはあるが、窓近くにはびこる熱帯のねちっこい空気まで冷やすことは出来ない。どうせ暑いなら新鮮な空気を循環させた方がいいと、扇風機のスイッチを足の指で押し、暑いなあといいながら、冷蔵庫の作り置きの麦茶をグラスいっぱいに注いで一気に飲み干す。

 薄手生地の半ズボンとTシャツが夏の間の寝間着と部屋着だ。この部屋着でさえも、十年以上はモデルチェンジしていない。そのうち私の体と共に、ビンテージとして味わいが出そうな風情でもある。

 「ああ、おなかがすいたなあ」と独りで空中に呟いて。テレビを点けると日曜のお昼番組を放送していた。そばにあったスマホを開いて、昨日の職場での飲み会での失態や、気のある人に変なメールを送っていないかを確認する。なにもないし、今日の予定も何もないと安堵して、スマホの画面を真っ黒にして、床に転がる。「ああ、おなかがすいたなあ」ともう一度言う。

 イオンのテナントで入っている炎の唐揚げは絶品だと思う。

 お米を炊飯器にセットして少し遠いが自転車でイオンへ向かえば、唐揚げ定食が完成する。しかし、ごろんと転がって居る私にはお米を研ぐことさえ、炊ける時間を待つことさえ、おっくうに感じる。

その次の候補は一丁歩いたすぐ近くのお弁当屋だ。脂身が多いおそらくタイ産の唐揚げも、使い古した油を使っている感も、全てが癖になる味わいで好ましい。自家製か業務用か不明のきんぴらもお袋の味ではないが哀愁があってなくてはならない味と食感がアクセントになっている。

このままでは、部屋の中で一日転がって、そのうち夕方になってしまうと、タンスと、洗い干したハンガーの中から服を探す。

仕事用のブラウスと皺になりにくい素材の灰色のスカート、また白やピンクや水色のブラウスと黒色のスカート、紺色のスカート、ストライプのスカート。ブラウスもスカートも全て仕事向きで、部屋着以外の服を持っていないことに気がつく。

部屋着と仕事着しか就職してこの部屋に暮らしてからは必要ではなく、制服のない職場なので地味でかつ小綺麗な仕事服ばかりを買っていた。朝から日が沈むまで冷房のかかった室内にいるから、休日用の特別な服を持っていなかった。それにブラウスとスカートがあれば取りあえずどこでも格好がつく。

まさかよれよれの部屋着を着ていくわけには行かないので、仕事用のフリルの付いたピンクのストライプのブラウスと、同じストライプの灰色スカートを合わせて、財布をエコバックに入れてお弁当屋へ向かう。パンプスに裸足というわけにもいかず、ストッキング履き、すっぴんでは変なのでお化粧も軽くする。なんだか、日曜日なのに平日とさほど変わらない。

 

 外に出ると日差しは思ったよりもきつく、じりじりと肌を攻撃する。むっとしたアスファルトの熱気にヒールの踵が溶けてしまうのではないかと思う。

弁当屋さんの前で唐揚げ弁当を頼む予定が、店頭のおすすめの季節の鰯唐揚げ弁当海苔二倍増しというオーダーに気分が変わり、椅子に腰掛けてお弁当が出来るまで待つ。

鰯のお弁当を受け取り、徒歩の私は家へ向かってもよいのだが、小さなコンビニに寄り、冷えた98円のジュースを買い、広めの公園へと向かった。

木陰になった場所にベンチを見つけて、昼休み中のOLのように腰掛ける。

公園を行き来する人たちを眺めて、ジュースを飲む。ふいにスマホを家に忘れてきたことを思い出したが、手持ちぶたさなだけで、どうしても必要というわけでもない。

 

 ストッキングを履いた脚を足首で交差させて、私は鰯の唐揚げ弁当を食べ始める。副菜のきんぴらの上に小さな鳥唐揚げが入っていて、嬉しくなる。

色とりどりの服を着た人が行き交う。夏以外の季節もコートの下の服は自分好みの鮮やかな色の服を着ているのだろうと思う。

休日のどこにでも向かうことができるという幸せな空気が、公園の噴水の水しぶきに同調してはじけて飛んでいく

ピンクのブラウスに灰色スカートだって、悪くない。毎日着ているから体の一部と化していてこの服の中で自由に過ごせる。

不自由な制服を着ていた頃だって、その服でどこまでも行けた。

スマホはないけれど、お財布はあるから半日旅に出ても良い。JRに乗って蘭島までとか。

 

大好きな唐揚げを最後にとっておいて。

全て食べ終えるころまでには、どこに行こうか考えておこう

立ち上がり、再び日差しに包まれる。

色とりどりの夏の風景の中に私も混ざっていく

 

 

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